Day: 4月 10, 2019

思い起こす

聖書のみことば:詩篇126

主は私たちのために大いなることをなされ、私たちは喜んだ。―詩編126:3

息子は7年間薬物依存と戦い、私たち夫婦はその間、辛い日々を強いられました。息子の回復を祈りつつ待っている間、私たちは、小さい勝利を祝うことを学びました。24時間、悪いことがなければ、「今日は良い日だった」と言い合ったものです。私たちはこの短い言葉で、些細なことでも神に感謝しようと、自らに言い聞かせていました。

詩篇126篇3節は、「主は私たちのために大いなることをなされ、私たちは喜んだ」と語ります。この賛美は、神の深いあわれみと、その意味を教えてくれます。十字架の上でイエスが示してくださったあわれみを思いながら、このみことばを心に留めましょう。どんなに困難な一日だったとしても、この真理を変えることはできません。私たちの主は、すでに測りきれないほどの親切を示してくださり、「その恵みはとこしえまで」(詩136:1)絶えることがありません。

神のご真実を体験しつつ、困難な状況をくぐり抜けたなら、それを忘れずにいることが大切です。それは、また苦境が巡ってきたときに大いに役立ちます。今度はどのような形で切り抜けられるのか、神のやり方は分かりませんが、過去に良くしていただいたことを忘れないなら、今回も大丈夫と神を信頼することができます。—James Banks

代々かわらぬみめぐみや、わが御神よ、わが父よ。(讃美歌3番)

神の手が見えないときでも、神の心は信頼できる。

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暗い谷を歩む

ハエ・ウー(仮名)は、国境を越えて北朝鮮を脱出しようとして捕まり、収容所に送られました。残忍な守衛、昼夜を問わない拷問、過酷な労働、ネズミやノミが巣くう冷たい床で、十分に眠ることもできません。しかし、神は毎日助けてくださいました。どの囚人と仲良くして、イエスを伝えるかについても導いてくださいました。